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妖怪島とは

無限に拡がるインターネットの海に突如その姿を現した妖怪島。ここにはあくせくとした時間の概念は無い。常に逢魔ヶ刻の如き夕闇に包まれ、どこか懐かしい白日夢のような世界では、人ともおばけともつかない者達が跋扈している。唯一、境港・水木しげるロードとはリンクしており、実在の建造物もそこかしこに・・・

モゲータ博士の説

大山(だいせん)山脈と島根半島に囲まれた美保湾、さらに水木しげる氏のルーツである隠岐の島が点在する日本海は、有史以前中国大陸と山脈や陸でつながっていたと言われている。しかし永い歴史の中で地殻変動により海底に沈み、その存在は1924年、旧日本海軍の観測船「大和」によって発見された。その名をとって「大和堆(やまとたい)」と呼ばれるこの地形は日本海中央部に位置する浅い海底山脈である。この大和堆の中央部は北東から南西に深さ2000mの及ぶ渓谷によって分割されており、日本に近い側を大和堆、反対側の中国大陸、朝鮮方面を北大和堆と呼ばれている。今ここで神代の郷においては21世紀即ち新たな時代の始まりを予見する新世紀を2011年とする定説が叫ばれている。「妖怪島」はその予言を察知するごとく突如として美保湾に神霊パワーによって出現したのである・・・・!!!

千年王国とは

妖怪島出現の影に暗躍する謎の妖怪企業・(株)千年王国・・・

古くから東洋文化、特に日本古来の文化の中で“妖怪”は民俗学の一部として受け継がれてきた経過があった。しかし昭和30年代頃から、境港の生んだ漫画家にして妖怪学者の水木しげるによって、50年もの時代をかけ、今21世紀に人間の本来の生活文化と共生し、フツフツと生き続けてきたのである。

「ジパング伝説」という言葉がある。19世紀末~20世紀前半にかけてヨーロッパとアメリカで隆盛を極めたアール・ヌーボーの起源は日本古来の文化である浮世絵、掛軸、工芸品などであるとするものだ。

(株)千年王国はその、日本の伝統文化と妖怪文化の融合を目指し《妖怪=YOUKAI》を世界共通語・共通文化となることを目標として起業した。 「千年王国」とは水木しげる先生の代表作「悪魔くん」のなかで主人公が目指す理想郷の銘から頂いたものである。 

 

 

 

 

 

 

 


水木しげる先生と水木しげるロード

水木しげる(武良茂)翁略歴

1922年3月8日生まれ。鳥取県境港市出身。兵隊として太平洋戦争を体験。激戦地ラバウルに出征、爆撃で左腕を失う。終戦後、魚屋、ペンネームの由来となるアパート「水木荘」の経営などを経て、紙芝居、貸本漫画「ロケットマン」(デビュー作)などを執筆。その後商業誌デビュー。「テレビくん」で講談社児童文化賞を受賞。「ゲゲゲの鬼太郎」、「悪魔くん」、「河童の三平」などで人気作家となる。

 

1989年 「コミック昭和史」で講談社漫画賞受賞。

2005年 織部賞グランプリ。

2007年 「のんのんばぁとオレ」でフランス第34回アングレーム国際漫画祭で日本人初の最優秀作品賞受賞。

2008年 「総員玉砕せよ!」で第35回アングレーム国際漫画祭で日本人初の漫画国際遺産賞受賞。

2009年 朝日賞受賞。

2010年 妻の布枝の著書『ゲゲゲの女房』がドラマ化および映画化 文化功労賞受賞

20XX年 ノーベル平和(妖怪)賞受賞!

水木しげる先生の生家

境港(さかいこう)は天然の良港として古くは北前船の航路地、さらには昭和の60年代は日本一の漁獲量を誇る港町であった。

このような歴史の中、水木家も廻船問屋として繁栄した旧家であり、その当時、別荘として利用されていた建物が水木しげるの生家として今に伝えられている。

しかし、現存する家は平成2年~3年にかけて元の家の間取りを基に先生の設計によって改築されたのです。さらに平成10年頃には、隣接地に先生が一番のお気に入りの港の風景が一望できる間取りの家も増築され、現在に至っている。

他に今に伝わるものとして中庭のクスノキの大木がある。これは水木少年が大人になった証として海峡(境水道)を隔てる島根半島から苗を泳いで持ち帰ったと伺っている。まさに、このクスノキは水木先生と同じ時間を過ごしている妖怪奇念樹であるのかも・・・・・・!!!

授賞式でのコメント

・授賞式で(市報ちょうふ(名誉市民特集号08年3月25日号))「こういう席で何か一言と言われても、嬉しいと言わざるを得ないし、悲しいとは言えないですな。まぁ、ありがとうございましたということで、終わりでございます。」

 

・記者会見で(市報ちょうふ(名誉市民特集号08年3月25日号))「これからは勲章もらったような歩き方しなきゃならんし、表情もそれなりにしないといけないと苦心しています。悩みのタネが増えました。」

 

・2009年3月8日(87歳誕生日)顕彰レリーフ像の除幕式において、レリーフに刻まれている「なまけ者になりなさい」というメッセージへのコメント「なまけ者になりなさいと言うと、反発して働き者になってしまう。軍隊の時から実験しているが、おかしなもの」

水木しげるロードについて

「私は、境港市民のだれよりも境港が好きだ!!!一番思いが深い!!!」

平成元年10月境港に訪れた水木しげるが突然、こう言った。

「・・・エエ!!何という先生だろう、こんな素晴しい郷土思いの人・・・」

平成5年、先生の郷土を思う気持ちと目には見えない妖怪達が一つ一つブロンズ像として形となり、寂れはてた商店に突如として出現したのです!!こうして、水木先生と水木ロード企画者と出雲神話の地に魅せられたデザイナーの想いが結集した《屋根のない美術館:水木しげるロード》が誕生したのです。

株式会社 千年王国

〒684-0005 鳥取県境港市松ヶ枝町31番地

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